切支丹洞窟礼拝堂

大分県竹田市にはキリシタン関連と思われる多くの史跡があります。
この洞窟史跡も禁令を逃れる為に用いられた礼拝堂なのではないか?そのように考えられています。

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戦国時代末期、この竹田の地を治めたのは志賀親次という武将でした。
キリシタンに強く影響を受けた大友家の有力家臣であり、本人も20歳の時に受洗しています。
熱心な信者であり、禁教となった後も宣教師らを厚く保護し、
キリシタンを積極的に排斥しようとする主君の大友義統に反抗してまでその活動は行われました。
(この義統に伝道したのが黒田如水でした。どうぞこちらの記事もご覧ください。)

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実際には謎の多い史跡であり、詳細はあまり明らかになっておりませんが、
この洞窟には司祭が匿われていたと伝わり、
志賀家の人間が所在を把握しつつも知らないふりをしていた、という話が書物に伝わっています。

***取材後記***
街全体に静かでゆったりとした空気が流れる竹田市。穏やかな武家屋敷が立ち並ぶ中、ほんの少しだけ裏手に入ったところに、ひっそりとこの洞窟礼拝堂はあります。この場所だけ、ピシッとした独特な空気が流れているような気がしました。
苔のむした階段を昇り、柵越しに中をライトで照らしてみると、上の写真のようなものをやっと見ることができます。
殉教とか迫害なんて想像もつかないこの場所で、ひっそりと、でもしっかりと強い信仰が今なお私たちに何かを語り続けているような気がします。

***ご案内***
切支丹洞窟礼拝堂
大分県竹田市竹田殿町