高札所跡ー切支丹禁制の札

高札とは、主に江戸時代に用いられた、法令を民に公布するためのシステムです。
一般に告示するため、禁止事項や法の規定などが書かれた板が、
人通りの多い町や広場に掲げられていました。

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また、このような高札は全国各地に掲げられるよう
幕府から指示されており、内容も共通のものでした。

基本的には、親への忠孝を説いたり、賭博・喧嘩、人身売買の禁止など、
今でもわりと常識的と感じる内容の文言が並んでいるのですが、
この中に「切支丹禁制の札」も入っているのです。

内容は以下のようなものでした。

「キリシタンは禁制であるので、不審があれば申し出なさい。
申し出た褒美には、

・司祭なら銀500枚
・修道士なら銀300枚
・キリシタンに復宗したものなら銀300枚
・伝道を援助しているキリシタンなら銀100枚

を与える。たとえ、仲間であったとしても申し出れば銀500枚を与えよう。
匿っているのが明らかになれば、そこの名主と五人組、親族は罪科を負うことになる。」

相互的に監視させて、根絶を図ろうとしたわけですね。
捕らえられた人は、見せしめにこの札所で晒されたともいいます。

なお、銀500枚というのは一概にその価値を換算することはできないのですが、
庶民にとっては相当な大金であった事は間違いありません。

欧米の猛抗議などによって、このキリシタン禁制の高札が完全に撤去されたのは
明治9年(1876)の事でした。
なお、現存するものは少なく、この高札も後年に復元されたものです。

***取材後記***

この高札からキリシタン殉教記念公園(http://cruz.febcjp.com/2016/06/10/shiseki_160610_3/)まで、30分ほど歩いて行きました。その道は、現在は商店街になっているのですが、浦上四番崩れで萩へ流配されてきた信者たちが、かつてまさに同じ道を歩いて行った道です。その道のりには、萩のキリシタンたちが潜伏していた報恩寺もありました。高々と掲げられたこの札を見た彼ら。この札を背に、自らの殉教のために一歩一歩の歩みを進めて行ったのです。その心は、祈りは、どんなものだったのでしょう・・・・。幸い、早朝でまだ静かな時間でしたので、そんな彼らの声に耳をすませながら、そして、神様あなたはその祈りをどのように受けいれられたのですかと聞きながら、私も歩いて行きました。高札に昇ってきた太陽が光を照らすようすは、まるで神を受け容れない私たちの闇に、キリストの光が照らされていくようでした。

***ご案内***
高札所跡
山口県萩市唐樋町 萩バスセンターそば