大徳寺瑞峯院―大友宗麟菩提寺

ここは、キリシタン大名の大友宗麟の創建した菩提寺です。
菩提寺というのは、先祖代々親類一族の死後の幸福を願い弔うお寺を指します。

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ちょっと戦国時代に興味がある方ですと、大友宗麟については「寺社を破壊して回った大名」というイメージから、このお寺の存在を意外に思われるのではないでしょうか。
しかし、実際のところ、彼の人となりはかなりディフォルメされているそうで、
彼が寺社を攻撃したのは、信仰の過激さによるものというよりも、
あくまで政治的な判断が主であろうということのようです。

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1553年にフランシスコ・ザビエルに布教許可を与え、活動を保護した事は有名ですが、1562年に出家して「宗麟」を名乗るようになるわけですから、意外にも彼自身の受洗は遅く、1578年になってからでした。
「キリシタン大名」としてのイメージとは異なるかもしれませんね。

このお寺で特に有名なのは、「キリシタン灯籠」と「石庭」。
キリシタン灯籠とは、土台の竿石が横に張り出して、十字架のように見えることからその名が冠される灯籠ですが、
(この角度だとちょうど見づらいですが…。)
実は、ここにある秘密が隠されています。
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この灯籠を背にして石庭を見ると…
なんとなんと、石が十字架状にならんでいます!
この角度だけでしか、この十字架は表れません。
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作は、昭和の大作庭家、重森三玲。
大友宗麟の想いを汲んだ造園であろうと考えられています。

***取材後記***

おシゴトで教会には数え切れないほど足を運んでいますが、広〜いお寺を歩きまわるのは、なかなかない経験なので、ちょっとドキドキしていました。

お寺のパンフレットにもちゃんとキリシタンのことが記載されていてびっくりです。政教分離?とか、難しいことはあまりよくわからないけど、当時の政治とキリスト教の関係も、大昔のことだからって現在の社会とまったく無縁ではないのだなあと思わされます。お寺と教会、そこに関わる人の関係をみると、当時と時代や政治の仕組みは多少違っても、どうやら同じ国を生きているらしいということを感じました。

それにしても…石庭の十字架、分かりずらっ!これが十字架ですと言われても…知らなきゃわからんです…
でも、ここでしばらくじっとしていて考えたのですが、ちょっと逸れるかもしれないけど、こういう外からは分からないながらも信仰を守り続けている人々が、当時も今もいるだろうっていうことを思わされました。

余談ですが、海外(英語圏)のメディアの取材と出くわしました。海外でも、キリシタンは注目されているのですね!

***ご案内***
大徳寺瑞峯院
〒603-8231 京都府京都市北区紫野大徳寺町81